時の終焉

【 SSを語る 】

SS(セガサターン)に対する私の思い出です。

最も仕事のストレス解消に貢献したゲーム機です。(爆)
当時、家で遊ぶゲーム機として、スーパーファミコン、NEO・GEO(!)、プレイステーション、
アーケード基盤(!!)等にも手を出していました。
(しかも、普段や会社の昼休みは、ゲーセンで腕?を磨いていた・・・。)
その中で、最も稼動率が高かったのが、このサターンでした。
ちなみに、初代サターン(灰色)は、ゲームの稼動しすぎで、CDが読取れなくなり、お亡くなりに
なりました。その為、2代目急遽Vサターン(ビクターから出ていた)を購入しました。
当時、プレイステーションが優勢でしたが、アクションゲーム(特に2D)が弱かったので、
自然と、その手のゲームに強いサターンで遊ぶ機会が多くなりました。
(豪傑寺一族2の読込みの惨さや極上パロディウスの音楽とゲーム画面の完璧なずれで痛い目に合った。)
この当時、どちらかというと、複数人で遊べるゲームを嗜好していたので、RPGのように1人でしか
遊べないソフトは余り買わなかったです。(RPGはPSだった)

サターンの代名詞といえば、バーチャーファイター2ですが、残念ながら余り思入れはありません。
ゲーセンで余り遊ばなかった事が大きな要因だと思います。
自分がサターンで良く遊んだものといえば、シューティングゲームでした。
ゲーセンから、結構良いデキで移植されていたので、色々なシューティングで、
友人と同時プレイや交互プレイで遊んでいた記憶があります。
「怒首領蜂」、「ゲーム天国」、「ダライアス外伝」、「レイヤーセクション(レイフォース)」辺りは、
かなり遊び込んだ記憶があります。

勿論?格闘ゲームも遊び込んでいます。
3D全盛にも関わらず、2Dでまったり遊んでいたので、遊び込んだものは2Dが多いです。
しかし、友人が3D(VF2)嗜好だったので、付き合いで3Dでも結構遊んでいます。
2Dでは、「ストリートファイターZERO2」、「ヴァンバイアハンター」、「ワールドヒーローズ
パーフェクト」辺りをゲーセン換算で、数万円以上分遊んだいます。
3Dでは、「ファイティングバイパーズ」、「デッドオアアライブ」は、かなり遊んだ記憶があります。

後、1人で良く遊んだゲームといえば、まずは「グランディア」です。
これは戦闘とキャラ育成が楽しくて、数少ない自分が2度解いたRPGです。本当に面白かった。
実写サウンドノベル?「街」も、意地悪な面はあるが、非常に笑えて面白い作品でした。
多機種に移植された時、何故?シルエットモードが付いたのか?個人的に多いに疑問を当時感じました。
やはり、桂馬刑事とコーヒー牛乳(雪印)が最も印象に残っています。
2が出て欲しいのですが、月日がかなり流れているので、正直難しいのかも知れませんが・・・。
メガドライブから引続いて、「ラングリッサーシリーズ」も遊びました。3以外は結構遊べた気がします。
「ラストグラディエーターズ」というピンボールゲームも非常に良く出来ていて遊んでいました。
その当時、「アダムスファミリー」や「スターウォーズ」といったピンボールをゲーセンで良く
遊んでいたので、その影響があったのかも知れません。
元は18禁だが、出来の良さで当時評判になった「この世の果てで恋を唄う少女YU−NO」 の
個人的に好きな作品です。パラレルワールドを元にした哲学的要素?が入ったストーリーが
自分にツボにはまった記憶があります。

この当時から、サタマガ(現ドリマガ)に大きく嵌った記憶があります。
昔のログインを思わす、馬鹿な雰囲気がとても気に入っていたし、メーカーに媚びていないソフトの
評点も個人的には好きでした。(当時のPSの雑誌は奇麗に文章をまとめようとしていて読んでも
面白くなかった。)
サタマガ名物読者レースの衝撃な出来事、「デスクリムゾン」が初めて登場した時の評価点1.09・・・
(以下忘れた)の評価点を見た時の衝撃は、今でも忘れる事が出来ません。
最低点が1点なのに、こんな点数が出るとは凄い。全ての人がクソゲーと認めるとは!!
そんな思いを抱いた記憶があります。この点数のおかげで、同ゲームは、メガドラ四天王以上に
クソゲー界の王者として君臨したと思います。

結局、買ったゲームをほぼ全てある程度以上遊んだし、長い期間メインゲーム機として頑張ったので、
これも非常に思入れがあります。セガ派になったのもサターンで遊んでからだと思います。
ライトユーザーを意識しないマニア心を擽る?ゲームが多かったので、1本1本深く遊べた気がします。


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